留学ブログ その16

中学時代編

 

小学生の最後のほうで少しバスケットボールにあこがれはじめた。友達と少し校庭のぼろぼろのバスケットゴールを使って、砂がまかれた最悪の条件のもとで何も気にせず遊んだりしていたし、体育の授業でもバスケを(なぜか毎回外だったが)やったりして(戦略もなにもあったものではない)いた。

 

なので中学での部活はバスケ部にしようと思った。いざ体験へ。先輩にミニバスやったことある人?と聞かれ、「え?自分が小学生時代校庭でやってたよくわかんないバスケじみたやつかな。」と勘違いし手を挙げてしまう。しかし話を聞いているとどうやらミニバスとは標準の高さのゴールより低く、コートの大きさも決まっていてしっかりした戦略のあるバスケのことだった。

 

それを知った僕は恥ずかしいかつ先輩にどう思われるかがこわくて入部を辞めてしまった。

 

じゃあどこに入るか。別に部活は強制ではなかったが何かには入りたいと思った。結局小学生高学年あたりで母といっしょに公民館で習い始めた切り絵をやる、切り絵部というのに入った。経験者など相当めずらしいので先生にもほめられた。しかしひとつ切り終わってしまうとそのあとは集中力がもたず、部活がとてもゆるかったこともあって退屈してしまった。

 

結局僕はそこでの活動をなあなあにして3か月後あたりから卓球部に入る。ここは正直居心地がよかった。死ぬほど弱かったがまあまあ競技志向な部活でそれなりにがんばってる感も味わえていいところだった。でもやっぱりちょっと持て余し気味だった。

 

1年生がほんとに終わるタイミングでやっぱりバスケ部に入ろうと心に決める。うっかりミニバスやってましたと言ってしまった先輩ももうそのことを忘れているだろうというやや卑怯な理由も手伝ってではあるが。卓球部の顧問の先生、そしてバスケ部の顧問の先生に話し、2年生からバスケ部に入ることになる。

 

先輩たちは優しかったがやっぱり周りより遅れて入るのはなかなか厳しいものがあった。初日の走り込みで校庭10周(2.5kmぐらい)でめちゃくちゃしんどいなと思った。13歳当時の話なのだから当たり前かもしれない。技術も戦略の理解も周りより劣っていてレギュラーはとれるはずもなく居心地はめちゃめちゃ悪かった。でもいちばんはまれたように思う。

 

勉強のほうはまあまあだった。もしかするとやや低空飛行だったかもしれない。小学校のときの成績があまりよくなかったので中学に入学する段階で母に中学校の目の前にある塾に入れられた。ビルの3階にあるほんとに小さい塾だった。

 

先生たちはとてもフレンドリーで親身になって教えてくれたが、怒ったときは死ぬほどこわかった。バスケ部の先生、コーチたちと同じぐらいこわかったかもしれない。なんかやらかしてしまった日には机を蹴られたり、やばいときにはホワイトボードのマーカーが飛んできた。でもとにかくいいところだった。ある先生にくるりと、インディーズ時代のGreen DayのCDを借りたことで僕の音楽人生がはじまった。自分の音楽人生についてはまた別途記事を書くかもしれない。

 

中学2年生まではいいかんじだった中学生活が3年生になって激変してしまう。自分の住んでいる地域は僕の代周辺ではヤンキーなど一人もいなかったのだが学年にひとりだけいたコギャルに、ほんとうに何もしていなかった(しゃべったことさえないに等しかった)6月あたりから目をつけられてしまう。そのあとは最悪だった。クラスでは居場所がなくなり、毎日授業が終われば部活か、そうでなければ文字通りダッシュで、そしてこそこそと学校を出て塾にいって授業がはじまるまでひとり自習をした。

 

僕はそのコギャルが憎くて憎くて毎日殺してやろうかと思っていたが、さすがにそんなことをしたら自分の未来が閉ざされてしまうと思い最後まで何もできなかった。毎日、頭がよくないなりに学校で、塾でまあまあがんばり、いつか社会的立場で逆転してやるんだと思い耐えるしかなかった。情けない話である。

 

結局コギャルやその取り巻きは地域で絶対に行ってはいけないと思われてるぐらいのいわゆるFランにいき、自分はと言えば中の上ぐらいの都立高校に受かった。やっと解放されたと思った。その当時は考えが及ばなかったがその差はかなり決定的なものでその後の人生に大きく差をつけたと思う。

 

恋愛は…なかったように思う。あったといえば…あったんだろうか。

 

ひとり仲の良い、美人で、頭が良くて気の強い女の子がいた。たまに話す程度だったその子に2年生のある日、いっしょに帰ろうよと言われたことがあった。今考えればチャンスだったのかもしれない。しかし中学生男子にとって、女の子とふたりっきりで帰るというのは軽く事件である。ウブな僕は恥ずかしくて断ってしまい結局いつもの男友達と帰るのだった。

 

また別の、帰り道がほぼ同じ女の子がいた。中学3年の最後に告白したがあっさりふられる。これで僕の中学時代の恋愛事情は終わりである。

 

中学は、混沌とした時間だった。人生で初めてDQNに遭遇し、どうにかしなければいけないという体験をした。出会いも多かったように思う。いろいろあったがどうにかまともなバスケットボール人生が始まった。塾の先生にCDを貸してもらったこと、そして2こ上の先輩たちが卒業生を送る会でフォークギターを弾いてゆずの夏色とまた会える日までを演奏していたのを見てギターにあこがれ、中2から習い始める(結局まじめにやらずいまだに全然できないが)。そしてやっと恋愛にも目覚めた(相当先まで全くうまくいかないが)。

 

というわけで次回はやっと高校編

 

今日の一曲は僕が当時最高だと思っていたバンド、Green Dayから(のちに最高ではなくなる)Jesus of Suburbiaだ。ヘビーな音楽の入り口になったことは間違いない。

 

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