留学ブログ その16

中学時代編

 

小学生の最後のほうで少しバスケットボールにあこがれはじめた。友達と少し校庭のぼろぼろのバスケットゴールを使って、砂がまかれた最悪の条件のもとで何も気にせず遊んだりしていたし、体育の授業でもバスケを(なぜか毎回外だったが)やったりして(戦略もなにもあったものではない)いた。

 

なので中学での部活はバスケ部にしようと思った。いざ体験へ。先輩にミニバスやったことある人?と聞かれ、「え?自分が小学生時代校庭でやってたよくわかんないバスケじみたやつかな。」と勘違いし手を挙げてしまう。しかし話を聞いているとどうやらミニバスとは標準の高さのゴールより低く、コートの大きさも決まっていてしっかりした戦略のあるバスケのことだった。

 

それを知った僕は恥ずかしいかつ先輩にどう思われるかがこわくて入部を辞めてしまった。

 

じゃあどこに入るか。別に部活は強制ではなかったが何かには入りたいと思った。結局小学生高学年あたりで母といっしょに公民館で習い始めた切り絵をやる、切り絵部というのに入った。経験者など相当めずらしいので先生にもほめられた。しかしひとつ切り終わってしまうとそのあとは集中力がもたず、部活がとてもゆるかったこともあって退屈してしまった。

 

結局僕はそこでの活動をなあなあにして3か月後あたりから卓球部に入る。ここは正直居心地がよかった。死ぬほど弱かったがまあまあ競技志向な部活でそれなりにがんばってる感も味わえていいところだった。でもやっぱりちょっと持て余し気味だった。

 

1年生がほんとに終わるタイミングでやっぱりバスケ部に入ろうと心に決める。うっかりミニバスやってましたと言ってしまった先輩ももうそのことを忘れているだろうというやや卑怯な理由も手伝ってではあるが。卓球部の顧問の先生、そしてバスケ部の顧問の先生に話し、2年生からバスケ部に入ることになる。

 

先輩たちは優しかったがやっぱり周りより遅れて入るのはなかなか厳しいものがあった。初日の走り込みで校庭10周(2.5kmぐらい)でめちゃくちゃしんどいなと思った。13歳当時の話なのだから当たり前かもしれない。技術も戦略の理解も周りより劣っていてレギュラーはとれるはずもなく居心地はめちゃめちゃ悪かった。でもいちばんはまれたように思う。

 

勉強のほうはまあまあだった。もしかするとやや低空飛行だったかもしれない。小学校のときの成績があまりよくなかったので中学に入学する段階で母に中学校の目の前にある塾に入れられた。ビルの3階にあるほんとに小さい塾だった。

 

先生たちはとてもフレンドリーで親身になって教えてくれたが、怒ったときは死ぬほどこわかった。バスケ部の先生、コーチたちと同じぐらいこわかったかもしれない。なんかやらかしてしまった日には机を蹴られたり、やばいときにはホワイトボードのマーカーが飛んできた。でもとにかくいいところだった。ある先生にくるりと、インディーズ時代のGreen DayのCDを借りたことで僕の音楽人生がはじまった。自分の音楽人生についてはまた別途記事を書くかもしれない。

 

中学2年生まではいいかんじだった中学生活が3年生になって激変してしまう。自分の住んでいる地域は僕の代周辺ではヤンキーなど一人もいなかったのだが学年にひとりだけいたコギャルに、ほんとうに何もしていなかった(しゃべったことさえないに等しかった)6月あたりから目をつけられてしまう。そのあとは最悪だった。クラスでは居場所がなくなり、毎日授業が終われば部活か、そうでなければ文字通りダッシュで、そしてこそこそと学校を出て塾にいって授業がはじまるまでひとり自習をした。

 

僕はそのコギャルが憎くて憎くて毎日殺してやろうかと思っていたが、さすがにそんなことをしたら自分の未来が閉ざされてしまうと思い最後まで何もできなかった。毎日、頭がよくないなりに学校で、塾でまあまあがんばり、いつか社会的立場で逆転してやるんだと思い耐えるしかなかった。情けない話である。

 

結局コギャルやその取り巻きは地域で絶対に行ってはいけないと思われてるぐらいのいわゆるFランにいき、自分はと言えば中の上ぐらいの都立高校に受かった。やっと解放されたと思った。その当時は考えが及ばなかったがその差はかなり決定的なものでその後の人生に大きく差をつけたと思う。

 

恋愛は…なかったように思う。あったといえば…あったんだろうか。

 

ひとり仲の良い、美人で、頭が良くて気の強い女の子がいた。たまに話す程度だったその子に2年生のある日、いっしょに帰ろうよと言われたことがあった。今考えればチャンスだったのかもしれない。しかし中学生男子にとって、女の子とふたりっきりで帰るというのは軽く事件である。ウブな僕は恥ずかしくて断ってしまい結局いつもの男友達と帰るのだった。

 

また別の、帰り道がほぼ同じ女の子がいた。中学3年の最後に告白したがあっさりふられる。これで僕の中学時代の恋愛事情は終わりである。

 

中学は、混沌とした時間だった。人生で初めてDQNに遭遇し、どうにかしなければいけないという体験をした。出会いも多かったように思う。いろいろあったがどうにかまともなバスケットボール人生が始まった。塾の先生にCDを貸してもらったこと、そして2こ上の先輩たちが卒業生を送る会でフォークギターを弾いてゆずの夏色とまた会える日までを演奏していたのを見てギターにあこがれ、中2から習い始める(結局まじめにやらずいまだに全然できないが)。そしてやっと恋愛にも目覚めた(相当先まで全くうまくいかないが)。

 

というわけで次回はやっと高校編

 

今日の一曲は僕が当時最高だと思っていたバンド、Green Dayから(のちに最高ではなくなる)Jesus of Suburbiaだ。ヘビーな音楽の入り口になったことは間違いない。

 

youtu.be

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

留学ブログ その15

次は小学生時代

 

自分の通っていた保育園出身者で僕と同じ小学校へ進学する子は一人しかいなかった。近くのマンションに住んでいた女の子だった。その子は3年生のときに引っ越してしまってどっかへ行ってしまった。

 

すごく仲はよかった。よく家にお邪魔していっしょにファミコンスーファミをやったものだ。当時恋愛なんてものは知らなかったけどかわいいなあとは思っていたしもう一人たまに一緒に遊ぶ男の子にその女の子をとられたらいやだなとは思っていた。引っ越してしまった後も数年は年賀状をやりとりした。

 

家族ぐるみで仲が良かったせいかミラクルが起きる。どうやら数年前に隣の隣あたりの市に引っ越してきたらしい。母は僕が知らない間に去年、母親同士で会ってきたらしい。教えてくれればよかったのに…次会うときは声をかけてくれと母親に頼んでおかなければ。

 

学童保育所というのを知っているだろうか。私立出身の人は知らないかもしれない。小学校3年生までは確か夕方5時まで長期休みの間も小学校の中の施設で子供を預かってくれるというサービスだ。僕はそれに入れられていた。授業が終わって帰る子がほとんどの中、校庭にあるプレハブでできた保育所に行くのは最初のうちはさみしかった。でも先生は優しいし上級生はちょっとこわいけどなかなか楽しかった。

 

小学校では1年生から6年生までほぼずーーーっとドッヂボール漬けだった。たまにサッカーの体をなしていないようなサッカーもやった。おかげでその後運動ができない人にはならないで済んだしそれなりにドッヂボールが強かったおかげで走るのは遅いが日陰者にはならないで済んだ。小学校での男子の人間関係の上下は運動ができるかがすべてである。小学校のうちからいろいろ習い事をした。

 

しかし、保育園編で述べたように幼い頃の僕は水が苦手だった。小学3年まで泳げなかった。もちろん体育の水泳の授業は恐怖でしかなかったし学童保育所では夏休み、学校のプールを使って水泳をさせられたので憂鬱でたまらなかった。

 

しかし小学校3年生で転機が訪れる。なんとか犬かきができるようになったのだ。毎日お風呂で風呂桶にお湯をはって10秒間息を止めて顔をつけることをしていたからかもしれない。当時クラスの男子の中のけっこうな人数がスイミングスクールに通っていたので自分もメドレーできるもんね!とか言いたいと思った。それからすぐにスイミングスクールに通いだす。

 

そういえば小学一年生のときにボーイスカウトに入ってある日アイススケートを体験したことで楽しくてアイススケート教室に通うことにもなった。これは小学校3年の前半までだった気がする。いつもspeedのwhite loveとgreyのhoweverが流れていたのを思い出す。閉館はなぜかいつもjohn lenonnのimagineだった。教室ではフィギアスケートのほんとにド基礎をやってた。母親と通ってたんだけど楽しかったなあ。

 

小学3年生になって仲の良かった女の子と離れ離れになってしまったところで今度は近くに小学校でできた友達が引っ越してくる。彼とは毎日遊んだ。よくわからないことをたくさんしたしピンポンダッシュをして見つかってその家のおやじに怒られたりもした。彼は群馬に単身赴任なうだが今でもごくたまーには会う。

 

小学5年が終わるころ、耳に違和感を覚えて耳鼻科に通うようになって春休みに手術を受けることになってしまった。入院がはじまった次の日にプレステ用ソフトのワンピースグランドバトル2が発売されたので買ってもらって次の日に手術を終えてからは同じ病棟でできたともだちとひたすら遊んだ。耳がやばいとわかってからは水泳をやめ、テニスを習うようになった。当時はテニスの王子様がちゃんとテニスをしていたころで、有明のイベントにいって松岡修造に会ったり許斐剛先生にウィンドウブレーカーにサインをもらったりしたこともあった。

 

それから小学校と言えばやはり給食。カレーは奪い合いであった。コーヒー牛乳も奪い合い。きな粉揚げパンも。学校で作ってくれるというのは素晴らしいシステムだなと今振り返ってみて思う。

 

小学校は楽しかった。夏は校庭にある夏みかんをつまみ食いしたり、木に登ってクワの実をとったりしていた。卒業式が終わってみんなでご飯食べてカラオケ行ったの楽しかった。別れが惜しかったなあ。

 

というわけでざっくりだけど小学校編は終了。次は中学校編。

 

今日の一曲

僕と不良と校庭で / 山崎まさよし

不良という言葉がついているのでなんとなく中学校なんじゃないかという曲だが自分が聞いていたのは小学生のころなので思い出の曲。

 

youtu.be

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

留学ブログ その14

中学生からの経歴を書いてくれと言われたので書いてみようと思う。もう保育園からさかのぼってみる。

 

というわけで、保育園篇。

 

そう、僕は幼稚園ではなく保育園出身だ。父親は自分が1歳のときに離婚していないので母が仕事をしている。母は新卒から自分が生まれる少し前までは銀行に務めていたらしい。そしてその後は今に至るまでとある病院で受付をしている。

 

母方の祖父、祖母とともに暮らしており、僕はずっとおじいちゃん、おばあちゃんっ子である。そういうわけで幼い僕のことを世話できる人が家にいるのだから本来なら幼稚園に入るはずだったのだが、高齢の祖父、祖母には送り迎えは大変だということでより長時間預かってくれる保育園に行くことになった。

 

保育園への送り迎えは母の自転車の後ろに子供用のシートをつけてそこにのせてもらっていた。あんなに乗っていて楽しい乗り物はないなと今振り返って思う。やっぱり最初は母から離れるのがいやで、最初の数回は保育園について母親とわかれるのがいやで泣いたらしい。今でもそのシーンは覚えている。

 

保育園では何組に入ったかは覚えていない。が、自分の通っていたころの保育園の先生、スタッフはみんなすばらしかったように思う。保健室の先生も調子が悪くなって保健室に行くと最後にリンゴジュースをこっそりくれるのでみんな好きだった。

 

保育園は子供を預かる時間が長いので給食とおやつが出た。どれもおいしかった記憶がある。おやつにたまにレバーのから揚げが出てそれが大好きだった。

 

年に1回もちつきがあった。栄養士さん、調理師さんたちの協力のもとつきたての餅をみんなで熱いといいながらのばしてあんこをくるんだり大根おろしと醤油と絡めたりする。すごく楽しかったけどなんと最終学年のときは前年に世間がO-157で揺れたこともあり中止となってしまった。

 

先生の結婚式なんてイベントもあった。先生たちと親たちの関係がとても良好だったようでその先生の組の子供たち全員、ある先生の結婚式に招いてもらった。披露宴が終わってその後自分はなぜかピザを食べていた記憶がある。とてもおいしかったのでなぜか覚えている。

 

日光でのお泊り会はちょうど水疱瘡になってしまい行けなかった。当時の自分はまだ泳げないどころかシャワーで頭から水をかぶるのがこわく、風呂桶にお湯をためてそこに頭をつっこんで頭を洗っていたぐらいなので日光に行ってお風呂どうしようとビビりまくっていた自分はラッキーなどと思っていた。後日、日光のお土産のおさるのキーホルダーをもらったがこれは今でも持っている。

 

卒園はそれほど寂しくなかった。というよりあまり別れというものを理解しておらず何か感想がわかなかった。それまでの人生で別れというものをほぼ体験したことがなかったのだからしょうがないとは思う。

 

というわけで次回は小学校編を書きます。

 

前々からやろうと思ってやっていなかったのですがブログの終わりに今日の一曲を貼っていこうかと。

 

というわけで今回の今日の一曲は

System/ Brotherly

https://youtu.be/r1JHxVr0J14

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

留学ブログ その13

前回からようやっと留学ブログっぽくなってきたと思う。留学もほぼ終わりに近づいてきているが…

 

この留学の意義は何かと改めて考えた。間違いなく英語の向上である。

 

留学によって、現地の授業によって新たな知見を得るとかいうのは英語がほんとにほんとにぺらぺらでなんにも問題のない人が目指すものなんだろうと思う。

 

僕がここに来る少し前のTOEFLのスコアはたったの67だ。授業で何かを得られるような点数じゃない。

 

自分がのっかったコースには必修としてざっくりいえば経済系の授業が課されるのだが、自分の日本での専攻は実は全く違う()でもこれは幸運だったかもしれない。正直授業というのは自分一人でがんばる割合が大きい。がんばっても英語の能力の向上には大きくは貢献してくれないと感じた。特に経済系の場合、数字に頼る部分がそれなりにあり、英語をたくさんは使わなくても済んでしまう。というわけで経済系にはいろいろな国からの留学生も多い。

 

というわけで正直授業は悪く言ってしまえば目の上のたんこぶだなと感じていた。課題はそれなりに出るからネイティブの友達と遊ぶ時間もけっこう気にしなければならないのだ。

 

僕の目的は何か。英語を向上させることである。やるべきはリスニング、ボキャブラリーの勉強をして、ネイティブと話すというサイクルをひたすら繰り返すことだ。ライティングセンターは日本で所属している大学にあるし、リーディングも本を読めばよい。ここで向上させるべきは明らかにリスニングとスピーキングだ(もちろん残りの2技能も向上させられるに越したことはないのだが)。

 

というわけで現在とっている経済系の授業を落とさない程度に(ビザの都合上ドロップアウトはダメだけど正直学期が終わった後の成績なら落としてもいい)頑張ってとにかくネイティブの友達と話す時間を作りまくろうと今日心に決めた。

 

これは正規生にはできない行為だ。彼らはここでの実績が今後の人生についてまわる。僕はといえば帰った先の日本の学部に関係ある授業しか単位は互換されないのだし、成績が悪かったからといって現状の就活市場ではあまり問題はない。そして院に進む気もない。ということで失うものがあまりない。

 

気がかりなのはこのプログラムを統括している(企画したのはたぶん日本の大学側)先生がこっちにもおり、その先生に自分の成績を見られているらしいことである。自分の考えを実行するうえでこれといったデメリットはないが、今後自分がいらないと思っている授業の成績が下がっていくことでこの先生に目を付けられて怒られたらやだなあ…という気持ちがけっこうある(実際、前の学期に小言を頂戴してしまった)。が、そんなことで折れている場合じゃない。

 

ということで英語力の向上により気を配って残りの期間を過ごしたい。

留学ブログ その 12

僕は去年の9月からアメリカへ留学している。ここまでは彼女に振られてしまい調子を崩し続けたり他にもいろいろ考え事をしたりあまり集中していなかったような気がするがとりあえずここまでで思ったことを書いてみる。

 

 

自分の留学の期限はアカデミックイヤーで1年間。これは実際には9か月間である。

 

僕は出国前、TOEFLの点数はたった67点でここに来た。TOEFLというのは120点満点でスピーキング、リスニング、ライティング、リーディングといういわゆる4技能を測定する北米留学者のための英語のテストである。

 

普通、留学者はだいたい80点ぐらいはもっているものであるということを聞けばいかになにもできないままにここに来てしまったかがわかるだろう。

 

実際何もできなかった。

 

よくある話だが、行きにロサンゼルス空港で乗り換えをした際、荷物を自分で乗り換え先の航空会社のところまで持っていかねばならなかったのだが英語で何を言われているのか聞き取れない…これで20分ぐらい見当違いな方向に行ってしまったり迷い続けてどうにか意味がわかってやっと乗り換えられるなんていうことを経験してしまった。

 

こっちに来て最初の学期は英語の聞き取りに大きな問題を感じた。しかし最初の学期からグループワークがある。正規生たちと混ざって受ける授業がふたつに自分たち留学生向けの英語の授業が1つという構成だった。

 

 

英語の授業はまあいい。しかしあとふたつはやや苦労した。ひとつの授業はグループメンバーに恵まれまあなんとかやれてはいた。

 

 

しかしもう一つのほうはグループメンバーがほぼ全員1年生だったこともあってか彼らも慣れていないのかとにかく彼らだけで物事が決まっていく。

 

 

英語がろくに聞けず話せない自分は何もできずグループに貢献していない人ということになりグループメンバーからの冷たい視線がきつく正直毎回のグループワークがかなりいやだった。しかもミーティングに行くと謎の決定がすでにあったりしてどうやら自分抜きで勝手に話が進んでいるときもあったらしい。こっちにはかなりまいってしまった。

 

 

まあ、まあどうにか最初の学期は終えた。冬休みは彼女とのゴタゴタがメインでの一時帰国となった。ほんとにゴタゴタでその後もだいぶ精神を削られつづけるのだった…

 

2学期目は英語の先生のアドバイスを無視してうっかりとった英文学で地獄を見ることになった。

 

この授業は日本に帰ったら単位互換に使うつもりだったのだがふたをあけてみれば死ぬほど苦しく、日本での単位数がぎりぎりの僕は留年がかかっており背水の陣で本当に地獄でしかなかった。

 

授業のメンバーは僕以外日本人はおろか留学生もいなかった。この授業は英文学の中では一番簡単な授業だったがそれでも毎週100ページほど読む授業であり正直ついていけていなかった。おかげで生活はぼろぼろになっていく。英語力が壊滅的にない僕は課題の読み物を読むのに毎週2回はエナジードリンクのモンスターの力を借りて徹夜をすることになるのだった。

 

 

中間では先生のオフィスで1対1での(ほかの学生に見られていないだけ安心はしたが)15分間の口頭諮問がありほんとに死ぬかと思った。幸い中間と期末のライティングに関しては先生方ほめてもらうことができ、どうにかC評価をもらい首がつながる。

 

しかし英文学でいっぱいいっぱいすぎた僕はこの学期でとっていた会計学を単位こそ落とさなかったものの、C評価をとることができず次の学期でとる予定だった授業をとれず同じプログラムで来た日本人たちと離れ離れになるのだった()

 

元カノといろいろありすぎた僕は春休みまで彼女ともめ続け、春休みを盛大に無駄にするのだった。ちなみに春休みはどこにも行っていない…

 

今学期は今までに比べれば楽なものである(楽じゃないけど)。運動をする頻度も増えたしアメリカ人やいろんな人種の友達と遊ぶこともできている。

 

そんな最近思うのは1年間の留学って何をすべきものだったのかなーということである。

 

リスニングはまあ少しは改善したかなーという程度だ。正直自分のような英語力では1年間与えられても何か科目の内容自体を吸収してくるなんて到底無理な話だった。アメリカ社会をなんとなく知って、アメリカ人に多少ビビらなくなるので精いっぱいだった。

 

正規生の日本人に聞いたらやはり1年間で英語をどうにかしようなんてまあ無理だよ。しょうがないんだ。がんばってるよと言われてしまった。まあ、自分でもわかっていることなので嫌ではなかったが。

 

振り返ってみれば一番ためになったのは地獄のような時間であった英文学の授業だったように思う。地獄のようだったが怒涛のような勢いでものすごい量の本を読むことで少しだけリーディングがよくなったように思うし、何より大学にくるネイティブというのはこういうレベルなんだということを身に染みて理解した。業種にもよるがネイティブたちとやりとりをする仕事につきたいと思えばこんなやつらと対等にやっていける英語の能力が必要だということがわかった。

 

単位の心配がなければ今期もすすんでそういう科目を取りたかったなあと思う。

 

会計学や経済学というのは数字を使う分英語に頼る割合が増える。そういうわけでネイティブとの差を埋めやすいのだ。実際そういう科目の授業には留学生が多い。こういう科目は正規生として4年間ほどネイティブたちと成績を争って戦っていくにはいい選択だと思う。

 

しかし僕は留学生だ。1年しかいられず、それに学位がもらえるわけではない。成績などはいいから(日本ではいまのところ就活でもGPA見られることはほぼないし)こういった自分の英語力を直に試される科目を取ったことは正解だったように思う。

 

そして今後を見据えるならば、正直1年間アメリカにいたところで得られる英語力などタカが知れている。ちなみにいくらTOEFLで点数がとれようと帰国子女でもなければ1年間の交換留学は基本的には英語の勉強にとどまるのであり、それを中心に据えて授業選択を考えたほうがいいように思う。よく日本院とは違う視点が得られたとか聞くがそれが何になるのかという話である。そういうのが自分の卒論に反映されるわけでもないしそういった体験が生きるのは正規生の場合である。

 

というわけで残りの期間でやるべきことはこれまでを振り返って帰国後の勉強のために自分の英語の弱いポイントを考えることかなと思う。正直もう得るものは得たし就活も卒論もきついし帰ってもいいんじゃん…みたいな気持ちはあるのだがそれを覆してくれるようなドラマが残りの期間のうちにあることを期待したい。

 

今後お金をためて通訳学校に通おうかなあと考え中である。というかかなり通いたい。留学にいってきてしまった以上英語は売りにしたい。別に専業の通訳になりたいわけではないのだが就職でき、働き始めたら海外と取引をする部署に行きたいのだが(もちろんそういう取引がある企業を考えている)英語ができることを実力でアピールする上でいいかなと思っているからである。

 

まあ正直かなり不安だけど…

留学ブログ その11

こんなブログが月間ビュー100あることに驚いた…

 

 

というわけで留学ブログその11です。

 

とりあえずリーディング

その10で書いたことは基礎編ということで今度は自分がやっていること、やりたいなーと思っていることを書きます。

 

最近はBarron'sのTOEFL対策用の本をちまちまやってます。お値段はそこそこしますが予想問題がたしか7回分ぐらい入ってるのでコスパはよいと思います。受験勉強っぽくて楽しい。これです。

www.amazon.co.jp

 

TOEFL iBTの本番ではリーディングパートは大問3つか4つで構成されており、3つのときは60分、4つのときは80分与えられます。つまり大問1つを平均20分で解く必要があります。これはわりと時間に追われるはずです。正答率が8割以上で時間に余裕がある人は自分のアドバイスは何の参考にもならないので僕に勉強を教えてほしいです…

 

というわけで僕は大問を1つずつ取り出して時間を計りながら解いていっているかんじです。時間内にさらっと終わらない人は通しでやっても問題がもったいないのでこの方法がオヌヌメです。ちなみにいまだに大問ひとつに23分ほどかかっておりほんとにクソだなと自分でも反省の日々です。

 

TOEFLで出てくる単語はわりかし基礎的です。アメリカに来てみるとTOEFLにせてくるぐらいの単語は最低限知らないと大学で生きていけねえ…と思わされます。ボキャ貧の僕は毎日肩身の狭い思いをしています。アメリカ留学を考えている人、毎日英語を使ってお仕事をする人はとりあえずTOEFLに出てくるぐらいの単語は知ってたほうがいいと思います。

 

リスニング

netflix

http://www.netflix.com/browse

でHow I Met Your Motherってドラマを見たりしてるんですけど日本でnetflixのサービスが始まるのは秋かららしいですよね…

 

ということで方法論を抽出するならば

 

同じ作品の同じ話を何度も見ること。それも字幕ありから徐々に字幕なしに移行できるとよいのではないかと思います。

 

ここから話すことは聞きかじったことであってソースがないのであくまで参考程度に。とりえず僕はこういうことを信じてリスニング、会話をしているということをメモしておきます。

 

ストーリーの流れ、セリフを覚えてしまっては聞き取りの意味がないのではないかと思われるかもしれません。しかしどうやら人間の耳は相手の発音のすべてを聞き取っているわけではないようです。というか対象の言語のネイティブスピーカーはその語で発音されると想定される音を必ずしもきっちり発音しきっているわけではないと聞いたことがあります。

 

つまりネイティブやそれに準ずる十分な能力を有する聞き取る側は経験から脳内で音を補完しているということです。では経験とはなんでしょうか。それはたくさんの人の話を聞くことによるフレーズ、発音の癖のサンプルを脳内に集めることで「通じる」発音、イントネーションのスイートスポット(この発音、イントネーションでなければ通じないというものではなく許容される幅があると僕は考えています)的な何かを掴むこと、そして単語を事前に知っていることで単語単位での意味の記憶があることを指すと思っています。要は人間の耳はマイクロフォンと違って全てを聞き取っているわけではなくいい加減にできており経験によってギャップを補完しているわけです。蛇足ではありますが視覚についてもおなじことがあてはまると聞いたことがあります。

 

なので

 

何かを一回聞いてそれっきりというのはリスニング向上のためによくないように思います。しつこく聞き直しましょう。慣れてきて字幕やトランスクリプトなしで聴けるようになってきたらこんどはディクテーションをします。単純に今まで聴いてきた音声を書くかタイピングするということです。そして答え合わせをしてというのをやはり繰り返します。

 

というのがリスニング向上への正攻法ではないかと僕は考えています。

 

ライティング

Intro duction、Body3つ、conclusionという構成(ほんとはそれぞれにもっと書き方のセオリーがあるけど割愛)さえ知っていればあとはETSが公式に出している問題集(自分のもっているのは確か第4版。バージョンによって内容が違うので注意。)の後ろのほうにライティングのお題一覧があるのでそれを使って30分以内でそれなりのクオリティのものを書けるようにひたすら書きまくりましょう。

 

ライティング、スピーキングは文法的にあっているかということだけでなくこの場合には数ある中でもこういう単語、フレーズを選ぶということが発生するので(日本語でも通じるけどこの場面でそういう言い回しはしないということはありますね。)どうしてもネイティブかそれに準ずるレベルの人によるチェックが必要です。ということで大学のライティングセンターまたは語学学校で書いたものをチェックしてもらってまた書き直して提出ということをする必要があります。

 

最近はlang8などweb上での無料のサービスもありますがチェックをしているのがどんな人かなんてわかりません。語学は音楽と同じだと思います。お金をかけないで上達しようというのはまず間違った方向へ行きます。無駄に使うのはよくないかもしれませんが必要なところにはお金をかける必要があります。

 

一つだけ自分が言えるのはチェックを受けるまでに進めるのは最大でライティング2問分ぐらいまでにすべきということでしょうか。当たり前すぎて書くのを迷いましたがチェックを受けるまでは自分の実力は変わらないのでいくら書いても上達しません。2つほど英作文を書いたらチェックを受け、直し、それをさらにチェックしてもらい、ようやく新しい文章に移るというじれったい作業が必要です。

 

ピーキング

これは自分は正直ほんとによくわからないです…

ピーキングはいろんな能力の集合体であり、たぶん受験英語でいうライティング的な位置づけではないでしょうか(ただし構成要素はより多いですが)。スピーキングの話ではありますが実際に誰かと話すときはリスニングがいちばん大事なように思います。聞き取れなくては何もできません。あとはライティング能力は会話をするときに自分が思い浮かぶ表現のすべてなのでライティングでできることというのは自分の英語力の大きな部分を反映していると思います。

 

ただスピーキングは能力を即自的に使うことを求められる点が違いであり、よりシビアだと言えると思います。つまりライティングでできることの中でもほんとにいつでも頭に思い浮かぶごく一部の表現しか会話では使えないということは日々実感しています。自分から言えるのは日々見かけたり書いた表現は会話で使うかもしれないと思ってよく覚え、発音、イントネーションを確認しておくということぐらいです()

 

リーディング

英語に自信がある人でもとりあえずハリーポッターとか英語圏のローティーンが読むようなものから始めたほうがよいと思います(自分も読んでます)。最初からdan brownとか読むとなかなか読み進められずにただひたすらテンションが下がります。適切なレベルの文章(やや簡単だと感じるぐらいのものがいいと思います)を選ぶことはモチベーションの維持、ひいてはそれなりの期間で読み終われるかに関わるのでリーディングの意義は単語の吸収よりも受験英語でいうディスコースマーカー(これは和製英語ですが英語での名称は知りません)の使い方を覚えたり英語ならではの論理の展開のしかたを吸収するというところにあるのではないでしょうか。

 

発音

これは信頼できる先生のところへ行ってください。ネイティブなら誰でもいいわけではないです。ネイティブは正しい発音を聞き取ることはできますが正しい発音法を教えるプロというのは限られています。

 

以上です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

留学ブログ その10 英語の勉強法について(受験英語的な話)

アメリカに留学に来てるし英語についての記事でも書こうかと

 

僕はTOEFL iBT 67点でアメリカに来てしまった大バカ者なのでたいしたことは言えないのですが、とりあえず英語圏に留学に来るならiBTで100点ぐらいはあったほうがいいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というのは建前で、帰国子女か特殊な教育を受けてきていない日本で育った日本人からしたら留学までにiBTで100点というのはかなり厳しい…というかほぼ無理な人がほとんどでしょう。

 

でも実際アメリカに来てしまったら毎日英語をはなさなければいけないのです。英語で授業を受けて英語で買い物をし、英語で友達付き合いをしなければいけないのです。まあ苦しいです。深い話はおろか薄っぺらい話だってきついです。まず聞き取れません。来て数週間たって後悔しました。正規で留学してcommunity collegeの前のlanguage schoolからやりたかったなと。自分ができないのにおこがましい話ですがほとんどの日本人留学生は英語圏の大学に行って大学を使い倒すような勢いで勉強して何かを得て帰ってくるなんて無理な気がします。

 

ではなんのために高いお金、時間をかけて留学に行くか。それは語学の向上のためです。

 

それしかないといってもいいぐらいです。○○大学の△△学部に留学なんていってもその学部で学ぶ知識をがっつり吸収できるわけなんてないです。おおむね、日本から海外への留学は長くて1年しかいないわけなのでその学部で学ぶべき知識の全体など見えませんし、まず語学力が足りなくて先生の言ってることを完璧に理解することはできません。

 

じゃあどうするか。ここにいる間に英語を身に付けていくわけです。非効率ですね()でもやるわけです。

 

僕は浪人をして予備校に通っていた経験があり、勉強というと予備校時代に身に付けた方法を応用する形になることがほとんどです。

 

というわけで英語の学習要素は8つの領域から成っていると考えます。単語、文法、構文、語法、長文、ライティング、リスニング、スピーキング、そして発音です。

 

このブログにどれだけ読者がいるのかという話はありますが英語を勉強しているという人のためにとりあえず浪人していたころの勉強方法を書きたいと思います。現在やっている、またやろうと思っている勉強法は次の記事にでも書こうと思います。というわけでここでは読めるための練習に特化した話をします。受験生、そして英語を勉強しなおしたい社会人の方にはいいかもしれません。大学生には当たり前すぎてあまり有用でない噺家もしれません。

 

リーディングというのは単語、文法・語法、構文の3本柱によって支えられている構造体です。どれかが読む文章にたいして足りないと「文章が読めない」という事態が発生します。

 

単語:

暗記の定着具合は対象への遭遇頻度であるとよく聞きます。つまり短い時間で同じ単語を何度も見ることが記憶を助けます。ですから単語は書き写すのではなく、覚えるつもりで見て、赤シートで隠して軽くテストをするに留めてサクサク進み、可能な限り素早く何週もすることが正攻法といえそうです。

 

 

文法・語法(まとめて紹介します):

文法を学校で一通り習ってるという前提で書いてしまいます。文法・語法とまとめられた問題集が売られているのでこれをこなすことで定着していくと思います。具体的には


Amazon.co.jp: 集中マスター英文法・語法基礎問題要点88項目: 戸澤 全崇: 本

 

をやり、

 

Amazon.co.jp: 全解説頻出英文法・語法問題1000 (大学受験スーパーゼミ): 瓜生 豊, 篠田 重晃: 本

 

をやればかなり十分な感じがします。どちらも基礎的な問題集ですがこれ以上のレベルをやる意味というのは受験以外ではあまりありません。

 

各3周もやれば完璧といっていいでしょう。やるにあたって注意があります。まず直接書き込むのはダメです。なんでもいいのでいらない紙にでも解いてください。ちゃんとしたノートを用意する必要はありません。

 

全て選択式の問題なのですが、解いている最中にこれはどの選択肢かな…うーん、適当に選ぶしかないなみたいなことが必ず起こります。

 

そのときはシャープペンシル問題の端にチェックをつけてください。1つの章が終わったら答え合わせです。答え合わせをして間違っていた問題の端に赤ペンでチェックをつけます。そのときシャープペンシルでチェックをつけた問題は例え合っていても必ず解説を確認します。マグレで合っていただけなので同じことを文章中で発見したときには理解できないからです。

 

2周目は解く前に1周目でつけたシャープペンシルのチェックを消しゴムで消します。そして解くときに迷ったものはまたシャープペンシルでチェックをつけ、後で必ず見直します。答え合わせが終わったら今度は赤ペンのかわりに青ペンでチェックをつけます。

 

これで2周分の自分の解答パターンのデータが問題集に蓄積しました。チェックが重複しているところは要見直しです。もう1周やれば当然、より正確な間違え方のデータがとれることになります。2周か3周でやめましょう。それ以上は時間の無駄です。チェックがかさなった所を優先してときどき見て確認します。見るだけです。もう解いてはいけません。

 

構文:

 

構文の前に動詞、名詞、副詞の区別、主語、(主語に対応する)動詞、形容詞、副詞、前置詞の区別ができる必要があります。これは

 


Amazon.co.jp: 総合英語Forest 7th Edition: 石黒 昭博: 本

 

でよくよく確認してください。

 

また、副詞句、名詞句、形容詞句、副詞節、名詞節、形容詞節を区別できるようになる必要があり、このトレーニングのために楽々わかるようになるまで副詞節(句)は()、名詞節(句)は[]形容詞節(句)は<>でくくるというのが予備校業界では常識なのですがなぜか学校で教えるというところはほとんどありません…がこれは「副詞節 カッコ 予備校」などでググってください。文法書と合わせれば理解できると思います。

 

では構文の勉強法の説明です。

 

Amazon.co.jp: 基礎英文問題精講 3訂版: 中原 道喜: 本

 

これです。どう考えてもこれです(?)ひとつ上のレベルとして黄色い本がありますがやる必要はありません。この本の、それも最初の40題だけが有用といえます。ノートにまず問題、わからない単語、そして解答を書きます。解答を書くときは1行ずつあけて書き、後で答え合わせをするときのためにスペースをつくっておきましょう。コピって貼るのも時間短縮になっていいかもしれません。

 

回答を終えて間違いがあれば赤ペンで解答の1行下の空いてる行で訂正します。そしてそのページで目玉となっている語法を間違えていたら青ペンでその語法と例文を丸写しでいいのでノートに書き込みます。大きな間違いであった場合はノートの上に少し飛び出す形で付箋を貼ります。後での確認のためです。

 

やや贅沢ではありますが、後での確認のしやすさを高めるために各問題は全ての要素が見開き1ページ以内で収まるように書くことをオススメします。

 

この構文の教材はひとつひとつの文章が短いため文法・語法、単語を見直すチェックポイントとしても有効に機能すると思いますのでぜひそのあたりにも気を配りつつ勉強してみてください。

 

長文:

先に書いた通り、長文とはこれまでの要素から成る構造物です。というわけでポンポン解くのは問題の無駄です。解いたら答え合わせをし、さらに単語、文法・語法、構文のどの要素でのミスなのかの判別をすることが長文を解く目的です。

 


Amazon.co.jp: やっておきたい英語長文700 (河合塾SERIES): 杉山 俊一, 塚越 友幸, 山下 博子, 早崎 スザンヌ: 本

 

2周ぐらいしてください。先に紹介した構文の問題集がキッチリできていればこれを読み、解くことができる程度だと思います。この本は同じシリーズでほかの語数もありますが、これが量、質、解説ともに最良のように感じます。他のものはやらなくていいと思います。

 

問題を解いて答え合わせをし、分析ができたら同じミスを繰り返さないために該当分野、範囲の問題を解き直し、そうしてようやく次の問題に移れます。ですから進度は受験生でも1日1題が限界ではないでしょうか。僕の方法をとるなら1日1題長文を解くというのはかなりのペースです。毎日勉強できても2日に1題が無理のないペースのように思います。

 

というわけで長々書きましたがリーディング編を終わります。